02


「私は……」

政宗様の命さえあれば、田村の娘の側に付く事が出来たのに。

しかし、その命がなければ…

一人放り出され、その建前さえなければ政宗様以外の者に付くことすら出来ないでいた。

「どうして命令だと言って下さらない」

たった一言で良い。
命令だと言ってくれればこの想いを抑え込み、忍として生きられるのに。

貴方の忍として生き、忍として死ぬことも許されぬのか。

遊士は陽の射さない廊下に立ち尽くし、自身を嘲笑した。

「はっ、私は政宗様が居なければ忍にもなれないのか…」

ならば、どうしたらいい?どうしたら政宗様の忍でいられる。

遊士の足は自然と政宗の元へと歩みだしていた。

「…政宗様。遊士です。少しよろしいでしょうか?」

障子越しに声をかければ中の気配が揺れる。

「入れ」

「はっ。失礼致します」

政宗は訪ねてきた遊士の様子を上座からじっくりと見つめた。

「何かあったか?」

「いえ…」

それきり言葉が続かなくて遊士は黙り込んでしまう。

どれぐらいそうしていたのか政宗が溜め息混じりに口を開いた。

「言いたい事があるなら言え」

「はっ、………っ、恐れながら申し上げます。…私はこの先一生涯、政宗様以外の者に仕える気は毛頭御座いません。それでももし政宗様が私を不要とお考えならば今ここで切り捨てて頂きたく…」

このあってはならない想いごと、一思いに。
せめて貴方の忍としていられる間に死なせて欲しい。

頭を垂れて告げた遊士の向こう側で政宗は瞳を細めた。

「それがお前の答えか」

「はい」

これで終わるならそれも良い。








ようやく自分の言葉を吐き出した遊士に政宗は口端を吊り上げる。

「遊士」

「はっ。覚悟は出来ております」

頭を垂れているせいで政宗を見ることの叶わない遊士はそんな政宗の様子に気付かない。

ただ気配が動いた事で政宗が立ち上がり、自身に近付いて来たことを察した。

そして、いよいよかと瞼を閉ざす。

「お前の覚悟は確と受け取った」

しかし、

「だが、俺はお前を手放す気も死なせる気もさらさらねぇ」

いくら待っても刀が振り下ろされる事はなかった。

「俺が天下を掴むのにはお前が必要だ。天下をとった後も、俺の隣にいろ遊士」

一生涯俺に仕えると言ったのはその口だ。

「はっ、しかし…」

お側に控える事は出来ても、政宗様の隣にはどうやっても立てない。そこには政宗様に相応しき姫君がいるはず。

「分からねぇ奴だな」

遊士の正面で足を止めた政宗は膝を折り、頭を垂れる遊士の顔を無理矢理上げさせると逃げられぬよう視線を絡めた。

「遊士、天下を掴むその時まで忍として俺の側に在り、天下を掴んだその時は忍を辞めて俺の妻になれ」

忍を辞めて政宗様の妻に?

ぱちりと瞬いた遊士は言葉を理解した途端、みるみる顔を赤く染めて狼狽えた。

考えてもみなかったこと。

「で、ですが…私なんかが…」

「嫌じゃねぇって事は良いんだな」

「あ…、うっ…その…政宗様の御」

「これは命令じゃねぇ。時間をやるから良く考えておけ」

すっと離れた政宗に遊士は瞳を揺らし、今ある精一杯の気持ちを言葉へと乗せる決心をした。

「お待ち下さい!わ、私はっ、忍の身でありながら…貴方様をお慕い申し上げております――」

伝える筈の無かった想いを口に遊士は声を震わせた。

そんな遊士の姿に政宗はふっと隻眼を和らげる。

「ちゃんと言えるじゃねぇか、遊士。その言葉、俺が天下をとったその時にもう一度聞かせろ」

「………」

「それまで死ぬんじゃねぇぞ」

「…!…はい、政宗様」


共に戦う事は出来ても、隣に立つ事は一生出来ないと思っていた。

けれど貴方が私を望んでくれたから、
私は貴方と共に戦う事も隣に立つ事も出来る。

私は貴方の影。

そして―――。




end.

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